お気軽にコメントを!【3ページ目】
わたしたちの提案書、このサイトについて、三信ビル、および周辺地域へのあなたの思いをここに記してください。
その他ご意見、ご質問等も遠慮なくどうぞ。
この夏など、テナントが退去したビルの大部分で空調を止められてしまったためか、独特の湿り気を感じることもありましたが、それでも優美な姿を精一杯見せてくれる三信ビル。
8月以降、このビルを訪ねていらした皆さんに、美しいエレベータホールや、地下街の意匠、2階の、よく手入れされてピカピカに光る床や木製の手すり、日比谷公園へ抜ける出口までずっと続いていた見事な吹き抜けなどを見ていただくことができなくなり、本当に残念です。
先日、永田町方面から日比谷交差点に向かって歩きながら、改めて思いました。
戦争が終わった時も、議事堂やお堀、第一生命本館などと共に、三信ビルは焼けずに残り、この眺めは基本的にずっと変わらなかったのだと。
今、戦争より悪い事態がこのビルに起こりつつあるようです。
日本も十分成熟した社会になったと、まだ言えないのでしょうか。
個人的な好みに過ぎないかもしれませんが、次々に「新しくてきれい」なものばかり追わなくても、もうよいのではないでしょうか。
時を経て、小柄ながら味わいのある端正なビルを眺め、ニューワールドサービスを訪れる日々です。
三信ビル唯一のテナントとなってしまったこのお店はいま、日本一贅沢な喫茶店ではないかと思います。
ビルの中に、お店からピアノの音色が流れてきます。
ほっとするひとときです。
できるだけ長い間、三信ビルに存在し続けてほしいと願い、微力ながら、署名をお送りします。
Do you have an english webpage? I would like to help save this building.
dear mr. T.Yamashita:
thank you for the comment. this is the representator of the project, takane suzuki. so far, we have not yet translated our project to english (sadly, we do not have enough time or volunteer). we are very delighted to know so many foreigners show their interest to sanshin building. if you have additional comments or questions, please mail to this address: info_sanshin@citta-materia.org.
thank you again for your comment.
cattyさん、ご署名とコメントありがとうございました。お礼をお伝えするのが遅れてごめんなさい。本当におっしゃるとおりで、夏以降はすっかり三信ビルもさみしくなってしまいました。
建築というのは、やっぱり中もしっかりしていないと、徐々に
衰えてしまうのかと胸が衝かれました。長く続くこと、そしてそれが使われ続けること、当たり前のことなのに、それが東京ではとても難しいということを、三信ビルは教えてくれたと思います。まだ三信ビルの存在をご存知ない方もいらっしゃるのですが、せめて外観だけでも多くの方に見ていただきたいと思っています。お友達にお伝えいただければ幸いです。
はじめまして。プロジェクトが始まって以来、いつも行方を固唾をのんで見て参りました。私にとって三信ビルは決して消えることなく、日比谷の一角に存在し続ける建築でした。解体のニュースが出てからも、まさか本当に消えることはないだろう、と真実味をもって受け取ることがしばらくできませんでした。
これまでのご活動、大変なことも多かったことと察します。
ニュースが更新になるたびに拝見しておりますが、おそらく所有者との会見はひとかたならぬ困難もあったこととかと思います。部外者がお尋ねするのも失礼かと迷ったのですが、やはり署名を送らせていただいた手前、所有者に聞き届けていただきたいとの思いは打ち消すことができず、思い切って伺うこととしました。
先だってのニュースでは署名を行政の担当部署にお渡ししたとのことが報じられておりましたが、所有者である三井不動産にはお渡ししたのでしょうか。
解体の方針を変えないとのことですから、もはや送っても仕方がないとご判断したとしても、無理からぬことなのですが・・・
もしよろしければお答えいただけると助かります。
青空娘さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
さて、署名の提出の件ですが、以前ニュースでお伝えしましたとおり、今年の春までは三井不動産にも直接ご提出していましたが、解体の方針は変わらないというお返事を受け、私たちとしては、東京都と千代田区に署名を提出するとともに、三信ビルの重要性と保存の必要性を伝え、行政から所有者へのアプローチを期待することにいたしました。
しかし、みなさんからのご署名には、署名と共に様々なご意見やお考えも頂いており、できれば所有者にもお伝えしたいと考え、郵送ではありますが頂いたご署名をお送りしております。
皆様にお伝えするのがおそくなり申し訳ありませんが、青空娘さんからのコメントへのお返事を兼ねてお伝えさせて頂きます。
以前、「三信ビルが今年いっぱいで解体されてしまう」と聞いたので、その前に是非もう一度と思っていましたが、今日たまたま時間が出来たので訪れてみました。
日比谷というといつもそこにあった三信ビル。
正直なところ、日比谷はそう頻繁に行く場所ではないので、三信ビルにも殊更深い思い出があるというわけではありません。でも、時々足を向けると、三信ビルのあの重厚で古めかしい姿が何となく懐かしかった気がします。
ニューワールドカフェに、今回初めて入ってみました。
お店の人にうかがったら、「来年もお店は続ける」とおっしゃっていました。何とか解体されてしまわないよう、いろいろと頑張っているのだ、とうかがいました。
新しいビルを建てることはできても、古いビルは建てられるものではありませんからね。なくならないで欲しいです。
大企業は、ああいう歴史ある建物を保存する度量を見せて欲しいと思います。
lazyMikiさん、貴重な情報ありがとうございます。ニューワールドサービスさん、来年も営業を続けられるんですね。
ニューワールドサービスさんは、明日の夕方、ギタリストである店主の息子さんのコンサートが開催されるようですね。昨年まで行われていたクリスマスコンサートには行けなかったので、今年はぜひ足を運ぼうと思っています。
古いビルは建てられない。おっしゃるとおりですね。積み重ねた時間はレプリカで再現することはできませんから。
はじめまして。
三信ビルの事は、ここで知って以来、
気になる存在として私の中にあります。
>ニューワールドサービスさん
仕事で有楽町を通りがかる時に
利用させて貰ってます。
チーズバーガーが、子供の時に食べていたような
「お皿に盛りつけた」スタイルで、
とても懐かしい感じです。
12月25日に行った時に伺ったのですが、
「1月一杯は営業するが、その後は目処が
たっていません」
との事。
新年は1月9日からだそうです。
来年も行ける限り、足を運ぼうと思っています。
ながつきしわすさん、はじめまして。当サイトで三信ビルを知ってくださったとのこと、とても嬉しく思います。ぜひお友達を連れて行ってみてください。ニューワールドさんのお食事は、定番のハンバーガーもおいしいのですが、アイスクリームも昔の喫茶店スタイルでちょっとノスタルジックかつお出かけな感じでおすすめです。私も来週あたりに行ってみようと思っています。またこちらにも遊びにいらしてください。
はじめまして、「三信ビル」で検索をしていてこちらのサイトにたどり着きました。
中学生のころから東宝劇場に宝塚を観にいっていましたが、地下鉄の日比谷駅から三信ビルの地下街を通って劇場まで行っていて、おなじみの建物でした。1階のアーケードの装飾がモダンで大好きです。
日比谷界隈も最近はめっきり変わってしまいましたが、その中で以前と変わらない三信ビルを見るとほっとします。どうにか保存していただきたいです。
私のブログのほうにもこちらのサイトのバナーを貼らせていただきました。よろしくお願いします。
ところで、そのブログにも書いたのですが、俳優の天知茂さんの初主演作「恐怖のカービン銃」という映画に三信ビルと思われる建物が出てきます。BOACや、ピータースレストランの看板があるのと、玄関の装飾が似ているのでたぶんそうではないかと思うのですが。。。昭和29年の映画で、昔の日比谷近辺の風景を見ることができて興味深かったです。
今日、戦時中、三信ビルの中のオフィスに勤めていた母を連れて、ニューワールドサービスさんへ行ってきました。
ここの座席から見える2階の回廊は、いつ見ても素敵です。母も当時が蘇るのか、感慨深げに何度も見上げていました。一瞬、母と一緒に戦時下の日比谷にタイムスリップしたような気分になりました。
冬空に凛と立つビルの姿はいいですね。失いたくない光景です。
はじめまして、最近「三信ビル」のような長生きの建築を見るのが好きになり、大手町や銀座、日本橋、上野などを散歩しています。「三信ビル」については以前からJRを利用していてビルの谷間から少し見えるおもしろい古い建物として気になっていたのですが、解体されるとのことでとても残念です。願わくばすばらしくリニューアルされた上野の子ども図書館のように社会的・地域的役割を与えてほしいものです。
ところで、東京都や千代田区、三井不動産さんには働きかけを行っているようですが、千代田区議会には周知していただいているのでしょうか?区議会のHPによると、平成18年に「新国会議員会館の建設に関する意見書」を国や都提出したとのことです。この意見書にある「地域からも来街者からも愛される景観」や「歴史的施設や伝統文化が数多く顕在するこの地区」との文言にどこまで含まれるのかも、民間の施設にどこまで関与することができるのかも分りませんが、もし賛同していただけたなら活動の幅の広がるのではないかと思います。未熟ながらコメントさせていただきました。
ブーゲンビリアさん、pvkvさん、コメントありがとうございます。ブーゲンビリアさん、本当にそうですね。青空を背景に建つ三信ビルは、まさに日比谷を代表する風景を70年以上作ってきたのだと思います。お母様もさぞや懐かしく見上げたことでしょうね。そうやって世代に受け継がれていく風景として、三信ビルが生き延びていくことを祈るばかりです。
pvkvさん、ご指摘ありがとうございます。これまでのところ、区会議には提出しておりませんが、千代田区の関連部署にはこれまでも何度かお伺いしておりますので、お伝えいたいていればよいのですが。また近々、みなさまからいただいた書名を届けに伺う予定です、そのときにでも打診してみますね。どうもありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いします。
ニューワールドが、3月30日をもって
閉店になるお知らせが、店頭に貼って
ありました。
初コメントがこんな内容になろうとは・・・・
ついに、来てしまったのですね。今月が、館内に入れる最後の月と思うと、心が痛みます。
4月になったら、あの無骨な防護パネルで覆われていくのでしょうね。あの、阪急梅田のように…
美しくしたい?国が美しいものを破壊する。矛盾してませんか?
名乗るほどの者ではさん、貴重な情報ありがとうございます。
浩一さん、はじめまして。
ご指摘の矛盾はごもっともです。
ニューワールドさんの閉店後の動向はまったく分かりませんが、
まずはお店を訪れてみます。
こちらへのコメントは初めてです。
本日、近くで打ち合わせがあったので、ニューワールドサービスにお邪魔してきました。
そこで初めて、閉店のお知らせを知りました。
お知らせによると、移転先決定時等には、さとわミュージックのサイト(オーナーの御子息ウォン・ウィンツァン氏のサイト)にて告知されるとのこと。
閉店のお知らせも、そちらのサイトに同じく記載がありました。
寂しくなります。
2007年2/20の「週刊エコノミスト」(毎日新聞社)に「日比谷三井ビル・三信ビル共同建て替え」となっていますがどうななったのでしょうか。気になるところです。。。
昨日ニュー・ワールド・サービスに行きました。お店で働いている女の子が「私もこの月曜日に聞いたところでまだ全然身の振り方を決めていないんです」と心細そうでした。個人の生活や人生に関わることですので、何とも言えないのですが、このお店のファンの方の中からお力になってくれる人が現れると良いのですが…。
結局三井はこのプロジェクトを盗んだんだね。
三井ビル壊して区道を廃止して一体開発。同じだね。
違うことは三振ビルを残さないってこと。
所詮この国は敗戦国、歴史や文化に対する認識が脆弱なんだと思う。まあ、私もその例に漏れない今時の軟弱な日本人なんだけどね。
しかしこんなにも美しく、そして歴史的価値もある建物を、平気で壊してしまおうという感覚、センスの無さは異常ですね。
あのね、三井不動産に署名だとか正攻法が通用しないってこと、あなた方わかっているのですか?
現に三井は、赤坂をはじめあちらこちらで狂気としか言いようがないような暴走をしているではないですか?
銀座にあった東邦生命ビル、あんな美しかった建築を平気で壊したんですよ。
本当に残したいのなら、解体差し止めを求めて提訴でもしたらいかがです?
もうこんなお遊びプロジェクトいいかげんにしてください。
>ブァッハッハーッ!さん
東邦生命ビル、調べてみました。なかなか細部まで凝っていて渋いですね。あれが解体されたなんて信じられない。許せんね。
>まやーさん、ymskさん
はじめまして。「名乗るほどの者では」さんから情報を頂いてから、
何度かお店を訪れ、閉店のお知らせをみました。
お店の方にお伺いしたところ、急に決まったとのこと。
いよいよ最後のテナントさんがいなくなってしまいます。
大変残念です。
>通りすがりさん
はじめまして。
詳しいことは分かりかねますが、
三井不動産は全国で大きな開発を手がけていますし、
再開発で廃道や道路の付け替えを行うケースはめずらしくありませんので、
本プロジェクトの計画案を盗んだわけではないと思います。
>OTISさん
おっしゃるとおり歴史的な背景が影響してるかもしれませんが、
三信ビルに限らず、建築関係者の間でも、
昭和の建築に対する評価は未だに定まっていない状況です。
昭和の建物が評価されるようになったのはごく最近のことですし、
また、戦後の建築にいたっては、
昨年、「広島平和記念資料館」と「世界平和記念聖堂」が
戦後の建築として初めて重要文化財に指定されたところです。
まずは、このような状況が変わっていかなければ、
今後も同じことが繰り返されていくことになるでしょう。
>ブァッハッハーッ!さん、ユウ鈴木さん、OTISさん
私は法律に詳しくは無いのでそのような提訴ができるのか分かりませんし、
当プロジェクトは、
「具体的な保存の提案を広く一般の方々にご覧になって頂き、
ご賛同いただける方々には署名という形でご参加いただき、
その提案とあわせて所有者と行政に保存を要望する。」
ことを趣旨としています。
申し訳ありませんが、
当プロジェクトのサイト内にて、これ以上提訴等の議論を進めることは
ご遠慮下さいますよう、お願いいたします。
また、ブァッハッハーッ!さんのコメントにて、
WEB上に掲載する表現として不適切なものがありましたので、
削除させて頂きました。ご了承下さい。
下記趣旨を了解いたしました。
「具体的な保存の提案を広く一般の方々にご覧になって頂き、ご賛同いただける方々には署名という形でご参加いただき、その提案とあわせて所有者と行政に保存を要望する。」
私のコメント、この趣旨とは合致しませんので可能ならば削除していただければ幸いです。
残り少ない貴重な風景を春風と共に有意義にハートに刻むとします。そういえばまた三信ビルの入り口の横の桜、もうじき咲くのでしょうね・・・。
ユウ鈴木さん、ご了解いただきありがとうございます。
前のコメントは削除させて頂きました。
私も時間が許す限り、三信ビルを訪れています。
まずは現地に足を運ぶこと。
当プロジェクト立上げ前の解体発表直後もそうしていました。
三信ビルの前の桜、そろそろですね。
今年は例年より早い開花が予想されてますから、
早めにチェックした方がいいかもしれません。
おはようございます
何か荒れ気味ですが、(汗
昨日新調した英国靴で 今日も出掛けて参ります
久し振りにレモンティーでも頂こうかしらぁ?
今日も宜しくです。
靴好き 拝
靴好きさん、おはようございます。
相変わらず日参されているのですね。
私もなんとか今月中にお店へ行って、ガラス越しに人が行き交う風景を見てこようと思います。
隣の三井ビルの解体が予想外に早いということになるようですね。三信ビルについてはテナントビルということで、躯体の耐震補強など以上にIT化に対応できるような構造に改造するコストというのも問題になってくるでしょう。これが出来ないとオフィスビルとして商売するには致命的ですから。
全体的には景気の回復が継続していると言うことで、前倒しで一体的な再開発と言うのは妥当なところでしょう。三井本館のような使い方であれば古いビルでも使いようがあるのでしょうけれど、貸しオフィスビルということだとあんな古いビルでは商売になりませんから解体は当然でしょう。常に新陳代謝を繰り返しながら発展してきたのが東京の街であるのも事実ですし、それがまた東京の魅力でもあるのです。歴史的なものをどこまで残すのかは難しい問題ですが、東京の街が「明治村」ではないというのもまた確かですよ。東京の街がある時点で固まってしまうようだったら、私は四十数年にわたって住んだ東京から出て行きたくなると思います。
IIT化とか、設備・装置って言ってれば尤もらしく聞こえるけど、意味分かってるんですかね(笑)あんな配線や装置なんか置く場所通す場所幾らでもあるでしょ(爆)
都民@有楽町勤務さん
昨年末、日比谷三井ビルにある三井住友銀行が本店機能の大手町への移転を発表しました。その発表によりますと、日比谷三井ビルの解体は少なくとも平成22年春以降になるはずです。
また、 「三信ビルは古いビルで賃貸オフィスとして商売にならないのだから解体は当然」というご意見を述べられていますが、日本橋の三井本館、丸の内の明治生命館、日比谷公園内の市政会館、いずれも賃貸オフィスとして立派に機能しており、聞くところによると空室待ちのビルもあるそうです。
現在は価値観が多様化しており、古いビル=商売にならないという図式ではなく、古くて価値のあるものを希望する方も数多くいらっしゃることは明らかです。これは街の新陳代謝とはまったく別の次元の話しです。
次に、街の新陳代謝についてですが、この話題は当HP内にて何度か議論されています。いただいたコメントからは、「新陳代謝=全て解体して建替え」という図式が垣間見えますが、都市は様々な時代の建築物が集積して形づくられるものです。これは東京に限らず、どんな都市にも言えることで、古い町並みが残るヨーロッパの都市であっても、同じ時代の建物だけで構成されているわけではありません。東京でも残すべきものは残す必要があるのではないでしょうか?三信ビルにその価値があることは、先日のシンポジウムで発表された識者の先生がたのコメント、本プロジェクトにいただいたご署名の数からも論を待たないと思います。
最後に、このプロジェクトの提案が東京を明治村にすることではないことは、提案書を一読していただければご理解いただけると思います。
OTISさん
三信ビルが解体されることに対するお気持ちは分かりますが、
まったく見知らぬ人どうしで異なる意見を交わしているのですから、
最低限のマナーの元、節度をもってコメントいただければと思います。
よろしくお願いします。
三井本館のようにグループ会社が使用していたり、東京駅のように赤レンガの建物はほぼ駅舎とホテルと言うように用途が決まっている場合には割合残しやすいでしょう。明治生命感もそうですね。新しい建物であってもIT化されたオフィスとして使いにくい構造だとてきめんに閑古鳥になります。自治体が中心になって建てた神奈川・厚木の「厚木アクスト」の事例を見ればよく分かります。貸しビルと言うのは今現在、そこまでシビアなものなのです。
でも不特定多数のユーザーを相手にする貸しビルの場合はどうでしょう。IT対応にする費用を直接、間接で負担させられるようでは借り手は嫌がります。古い建物ですから柱が林立してただでさえ使いにくいわけです。まして、新宿に押されがちとはいえやはり一等地です。あのままではあまりにももったいないと言うのが常識的な経済観念と言うものでしょう。確かに内外とも意匠が凝らされていて面白い建物ではあると思いますが、あくまでも商業ビルであることを考えれば、この東京の街にあって、既に使命は終わったと考えるのが妥当ではないかと思います。
三菱は一度つぶした三菱本館のレプリカを作るとかやっていますが、経済最優先のこの東京にあって、三井本館を残したことだけでも相当な負担であることは明らかなのですから、三井グループに対しては評価があってよいと思います。
三信ビル近在の銀座4丁目の服部の時計台だって、あれが西銀座でパートのような貸し店舗ビルだったらとっくに建て替えられていたと思います。未だに健在なのはやはり東京駅や明治生命館と同様、ある程度使い道が決まっていたからなんでしょう。
昔から大して変わってないものでも今に残るものはあります。でも、時代に即して細部はずいぶん変わっているものです。東京には今も都電がありますが、あれだって今ではバリアフリーになっているし空調もあります。都電を残せと言う運動はありましたが、ボロイままで良いとは誰も言いませんでした。残すことが決まったあと、現代社会にマッチするようなリニューアルを行ったからこそ、役所で経営しているにもかかわらず毎年黒字を計上できるようになったのです。都電と言うシステムは続いていますが、銀座のど真ん中を走っていた頃の電車なんか今は1台もない、というところにも注目すべきですね。古いものが全て悪いわけではないけれど、状況に応じたリニューアルは必要なことだと思います。自由経済なんだし。
都民@有楽町勤務氏は、またまた尤もらしい事を仰っていますが、あまりにも突っ込み所が多いので困りものですね。うがった見方をすれば、三井不動産の回し者ではないかと勘繰ってしまいそうです。
まず、三信ビルの構造すらご存知ないでしょう。柱は太いけど、効率の良い設計で「林立」状態ではないですよ。配線だって床や天井に通すスペース幾らでもあるし、百歩譲ってスペース増設のために嵩上げしても、天井の高さもギリギリ消防法には引っかかりません。
都電。昭和40年代頃の車両も改造はされてるけど、残ってるって事実、戦前の車両が一台残っているという事実、ご存知無いのでしょうか?
おはようございます
今朝も少しだけ、、最近荒れちゃってる様ですが、 そもそも小生は此処の管理人様のご意志に同感させて頂いて書き込みをさせて頂いています 何だか三井攻撃云々は正直ウンザリです 漸く春至近です 穏やかに三信ビルを見つめたいモノですが、、 今日も出掛けて参ります。
靴好き 拝
都民@有楽町勤務さんのおっしゃることは、確かに正しいと思います。
三信ビルは長い時間をかけて作ってきた魅力を持っていますが、
もう一面、集客能力というのでしょうか・・・、そうゆう面ではビルとしての
魅力を失っていたとも思います。
(くれぐれも、「ビルとしての魅力が全くない」という意味ではないです。)
でも、他のビルにはなく、新しく作り変えることでは絶対に得られない
魅力を持っているのだから、建築の建替えという手段ではなく、
「時間」という魅力を最大限に活かすような建築的なプログラムの見直しで
(もちろん設備的なリニューアルも必要ですが)三信ビルを生まれ変わらせる
方法もあるのではないか、と思っています。
上記でqazさんがおっしゃっているように、問題を解決すれば賃貸オフィスでも
十分にこの方法でやっていけると思うのです。
特に1階(竣工当時の設計であれば2階まで)を商業スペースとしているし、
そこを上手く使って付加価値をあげていくことも可能ではないのかと。
建築を学んできたものとして、そうゆう方法で生まれ変わった建築を
純粋に見てみたいとも思いますし、私は特に三信ビルが好きなので、
三信ビルが上手に生まれ変わることで、これからの建築の保存の
いい事例になったらステキだな、と個人的に期待しておりました。
なんだか何を言いたいのかよく分からなくなってしまいましたが、
保存=そのまま全く手を加えず使い続けるという意味ではないのかと。
(このプロジェクトの方たちの意見ではなく、私の意見です。)
だから、都民@有楽町勤務さんが例として挙げられた
「都電が変わりながら、残っている」ということと、三信ビルを残したい、
という思いは、さほど矛盾しないのではないかと思います。
確かに、私は些か喧嘩腰すぎるかもしれません。しかしながら、三井不動産が行っている事が愚かであることに他ならないのは事実であります。(もし、三井不動産が潰れて三信ビルが守れるなら、三井不動産なんか潰れてしまえって思っています。)
勿論、こういった文化や伝統・歴史に関する認識や価値観・センスなどの問題は、目先の争いばかりに走らず教育のありかたの見直す事であるとか、長い目で見た地道な努力・活動も大切でありましょう。
>OTISさん
都電に戦前の車両はありませんよ。
昭和30年頃の車両の台車などを使って、車体を現代風に直した車両はたくさん残っていますが。これも今年度から完全な最新式車両での取替えが始まります。そろそろその第一号が搬入されるはずです。詳しいことは荒川車庫にお尋ねになってはいかがですか?
〉みんくるさん
確かイベント用か何かで1台だけ残ってるって聞きましたが・・・・
〉昭和30年頃の車両の台車などを使って、車体を現代風に直した車両はたくさん
7000系や7500系ですよね。確かに過去に車体の改造や顔面スワップを行っているようですね。でも、どちらか忘れましたが、1970年代頃の写真で拝見したのですが、当時と殆ど顔は変わってませんでした。当時既に顔面を改造済みだったんでしょうね。塗色が今と違って、黄色に赤いストライプだったのは衝撃的でした。
失礼しました。確認してみましたところ、それらしき車両はどうやら6000系のようですが、6000系は戦前の車両ではありませんでした。
しかも、比較的最近まで動態保存されていた筈の車両も、京福電鉄事故の余波を食らって廃車になってしまったようです。大変残念でありません。
現在使われている7000形や7500形は元をたどれば確かに昭和30年代の製造ですが、車体は昭和50年代に現在のものを新規に製作して載せ変えています。路面電車の場合、走行条件がそれほどハードではありませんから、頑丈に作ってある走行関係の部品は長く使えるのでしょうけれど、利用者の使い勝手に直接関係してくる上回りに関してはやはり時代に合わせてマメに直していかないと実用の乗り物として成り立っていかないでしょう。
今月中にやってくる新型車9000形の第1号は観光向けにも使えるレトロ調デザインとのなのですが、性能的には省電力、低騒音の最新スペックのものになります。
古い電車に関しては、今年の5月をめどに荒川車庫の一角に局で展示施設を作って2台並べることになりました。1つは戦後アメリカの最新技術を導入して作られた高性能車5501で、これは昭和42年の銀座線廃止後は上野動物園に記念車として置かれたものですが、状態が悪くなって近年は荒川車庫で保管されていました。今回は専門の業者に出して修復するそうです。もう一つは7504ですが、こちらは今もある7500形のうち最後まで車体を作り変えずに使用されていたもので、ワンマン改造されていますが、オリンピックを前に「都電最後の新車」として製作されたオリジナルの雰囲気は色濃く残っています。どちらも東京の街とともに歩んだ都電の歴史を語る上で節目になったものだけに、運営者オフィシャルでの保存が出来ることになったのは意義深いものがあります。
こちらのHPの主題である三信ビルの場合も、解体が発表されたら上層のオフィステナントは割合すんなり撤退しましたが、1Fのニューワールドサービスは最後まで残りました。オフィスとして使っていたところは、まあ古いし使い勝手のこともあるからさっさと引っ越そうと考えたところが多かったのでしょうけれど、NWSのような商売の場合にはむしろこういうシチュエーションの方が都合が良かった、と言うことなのでしょう。さまざまな業種が入り乱れる賃貸ビルの場合、保存・活用しようとするとこの辺がネックになるのでしょう。貸主が商売としてやっていけるのか、というのも地価の高い東京では重要なポイントですし。オフィスビルは40年もたてば完全に陳腐化するようで、都内の建て替えを見ていても大体そんな感じのようです。
三信ビルは、下層がアーケード、上層がオフィスという現在良く見られるスタイルのオフィスビルとしては最初期のものでしょうから、建築スタイルの歴史を語る資料としての価値は大きいと思います。
古いオフィスビルの保存事例というのは殆どないわけですが、東京の街の歴史を語る上で、この先重要になってくるものも出てくると思いますから、三信ビル保存運動が何故達成できなかったのかということをここで冷静に検討してみるのはとても重要だと思います。
上野動物園の5501、懐かしいですね。私の幼い頃は車内が開放されていて自由に出入りできたんですよ。確かに、お世辞にも状態が良いとはいえませんでしたね。今後修復されるとの事で、嬉しい限りですね。
まあ確かに、あそこの土地の広さ考えれば、ビルを2つ潰して高層ビルを建てて、沢山のテナントを入れたほうが長期的な視点で見れば良いのでしょうけどね。ただ、現状維持的な視点で見れば、内装を少し直すだけで、まだまだやっていけるというのも事実だと思います。
結局、まだまだ世の中の歴史や文化・伝統に対する認識が甘いんだと思いますね。この国のありかたでるとか、教育であるとか、もっと広い視点でものを見る事が必要なのかもしれません。
はじめてコメントさせていただきます。
最近、銀座では立派な商業ビルがたった築10年にもかかわらず、解体されております。何故かといえば数字好きな経済人が緩和された容積率から想定賃料収入を算出、今より儲かれば価値なしという訳です。当然築70年の建物なんか、彼らからすればリスクだらけで残そうなんて発想はナンセンス…これが日本の不動産業界の一般的感覚といえます。
三信ビルの様な技術と英知の結晶を解体するとは、まったく信じられません。いかに日本の伝統建築や街並を安く見積もっているかという事です。ちなみに三信ビルの再調達費用(再建築費用)を現代の単価で積算したらきっと彼らは腰を抜かす額になると思われます。(三菱1号館は750億!)
いったいあの美しい階段だけでも何人の職人が日数をかけた事でしょうか。あの手触りや厚みは人の手仕事でしか造れない。あの仕事をこなす職人は現代の日本に多くは居ません。もっと賢く緩やかに経済は発展すべきだと私は思います。
何故か最近、都電との比較で論じられているようですが。
都電というシステムは残っていますが、都心からはなくなってしまいました。残念なことかもしれませんが、都電のシステムでは都心部の旺盛な交通需要をまかなうことはできません。
その一方、都内全域で地下鉄が必要なほど交通需要があるかというとそうではなく、そこに都電が残った素地があったのだと思います。適材適所でしょう。
三信ビルは、最新のオフィスビルと比べると見劣りする部分はあるのでしょう。比べられた時点で「価値がない」という人が出るのはある意味仕方がないかもしれません。しかし、世の全ての借主が柱のない広いフロアを欲してるわけでも、IT一辺倒という訳でもないと思います。そういう利用シーンを考えて、上手に転用していくことでまだまだ輝きを持った(=稼げる)ビルとして生き続けられるのではないか、というのがこのプロジェクトの提案の趣旨ではないのかと思います。
単なる貸しオフィスビルという狭い視野で三信ビルの保存の是非を論じていたら、その時点で議論は止まってしまいます。
そして「銀座のど真ん中を走っていた頃の電車なんか今は1台もない、というところにも注目すべき」だとは思いますが、一方で今度入る新車が「レトロ調」であることにも大いに注目すべきだと思います。
近年の都市部オフィスビル需要は急速に拡大しており、同じ土俵で勝負するのは難しいでしょう。
最新オフィスビルと古いビルでは賃料相場にも差があり、テナント誘致にも苦戦しているのが現状ですから、ここで大幅な用途転換をする事で生み出す収益を拡大する事は充分可能です。
主にレストランやブライダル、音楽ホール、美術館的な用途にリノベーションするという方向性です。
ただし、しっかりしたブランドイメージをもったテナントを誘致する事が大切です。逆にあのビルを知れば手を挙げるテナントさんは沢山出てくるかもしれません。小笠原伯爵邸も素晴らしい成功事例のひとつですね。
アルバイトで三信ビルの内部を隈無く歩いた事があったのだけど、屋上がとても優雅でした。オープンカフェにしてワールドさんのモーニング食べれれば最高だろうなあ…なんて思いました。
東京駅の改修計画や三菱1号館など新たなレトロ再生が現実的に見直されている中で三信ビルにも無限の可能性があると思います。
外壁記録調査のためとのことですが、三信ビルにとうとう仮囲いが設置され始めました。
みなさんからたくさんの御意見を頂きましてありがとうございます。私は都電にはまったく明るくないためコメントを控えてましたが、ご意見は拝読しておりました。
MARUさんの「世の全ての借主が柱のない広いフロアを欲してるわけでも、IT一辺倒という訳でもない」という御意見、まったくごもっともです。先日私のコメントでご紹介した、日比谷公園の市政会館や明治生命館は、テナントビルとしても利用されております。例えば、明治生命館は最新のオフィスビルと変わらない水準の賃料で募集されているという話や市政会館は順番待ちという話をお聞きしたことがあります。また、JINTOGIさんの「大幅な用途転換」という御意見もまったく同感です。
当プロジェクトでは、立地条件や周辺の開発状況、三信ビルを保存するための技術的な面から、部屋を小さく割ることができるホテルやSOHO等をご提案していますが、三信ビルがコンバージョンされるならば、その用途は日比谷のまちづくりの核となるものであり、十分な検討の上で決められることでしょう。
小さなオフィスとして使うにしても、コンバージョンするにしても、JINTOGIさんからコメントをいただいているとおり、三信ビルが無限の可能性を持っていることは間違いありません。
歴史的建造物のビジネスや地域活性化への活用についておもしろい記事があったのでご紹介します。日比谷公園の管理事務所や丸石ビルの事例が出ています。
2007年3月19日日本経済新聞15面「シグナル発見」
三信ビルは前を通る人みなが見上げて通る存在感のあるビルなので、需要もありそうなものですが。。。大規模開発の手法はいろいろですが、今回はどちらも三井不動産の所有地のようなので自社勘定で開発するのでしょうか?ならば三井不動産さんには多少はムリしてブランド価値を高めていただきたいです。
やはり4月から解体ということなのでしょうか。千代田線の改札前の出入り口は12月まで閉鎖と書いてありますから、恐らく上半期のうちに作業を終わらせると言うことなのでしょう。
ちょっと気になるのは、隣のビルの部分とあわせて再開発と言うことのようですが、そちら側の工事が始まるまでの間は、三信ビルの跡地は空き地のままなんですかね?
雑誌「電設技術」(オーム社発行)に2ページで連載している
「文化遺産の建築散歩全国見て歩き」の2005年7月号に
三信ビルの記事がありました。
外壁に香川県産能取谷石が使われていること。
エレベータの改修まではそれぞれのエレベータに女性が乗り
足でブレーキを踏みながら運転していたこと。
清掃用に各階にバキュームクリーナ(設置した6ヶ所の吸入口で塵埃を吸引)があったこと。
廊下の壁は竣工当時は腰までタイルが貼ってありその名残がエレベータホールに残っていることなどが載っていました。
ご参考までに....。
ご紹介の電設技術の記事を以前に読みましたが、
>エレベータの改修まではそれぞれのエレベータに
>女性が乗り足でブレーキを踏みながら運転していたこと。
これだけは、筆者の勘違いではないかと思っています。
もし車のようにブレーキを踏んでいるのなら、力を
緩めるとかごは動いてしまうのか?
ちょっとありえない。考えられるのはドアの開閉で
踏んでいたのではないかと。
文献では足で踏む部品について記述したものを
読んだことがないので、興味があります。
現在は改修されて現存しませんが、足で踏む
部品のひとつを下記サイト「足元の答えは頭上に」に
掲載しております。
>杣辺 温さん
はじめまして、OTISという者です。
エレッツの方ですね?
手でレバーを操作するやつなら私も存じております。それも、着床(床面合わせ)は自動までのしか見た事はありません。中には床面合わせまで完全に手動でやらなければならないやつもあるそうですよね。
足元のスイッチは確か満員表示のボタンでしたよね。
追伸:上野松坂屋のエレベーターが自動化してしまったのは残念です。
仕事の関係で近くへ行ったので様子を見てきました。
確かに解体作業用の足場が構築中で、今使っている出入口の側を除き、概ね2Fくらいまで築かれていました。一応「外壁調査中」と書かれていますが、増築部分など既に窓が開け放たれており、作業をしているのも解体工事会社の作業員でした。
恐らくNWSが撤退するまでには足場を築いて、4月から即解体と言う事でしょう。オフィスフロアはかなり前から全部空ですし、アスベストの調査などは既に終わっているはずです。
三井ビル側のまだ足場がない部分も既に足場位置のラインが引かれています。
そろそろ桜が咲き始めましたが、既に解体準備中という姿になってしまい、残念ながら最後の桜との写真は撮れない状態です。
さて、上で話題になっていたレトロデザインの都電、車庫に運び込まれました。現物見ましたが、何だか映画の小道具みたいで、いかにもヤラセっぽい感じ。これだったらむしろヨーロッパなどで見られる最新デザインの方がむしろ自然かな?というのが感想です。
以上見たままレポートです。
>みんくるさん
はじめまして。
解体作業に従事している友達談では、窓が開け放されているというのは明らかに内装の解体作業が始まったという証ということです。EVホールより西側を塞いであるということは、撤去した廃材を留置なりしておき、真夜中に搬出している可能性もありそうですね。
足場は、上層階では窓にパイプが突き刺さったようになり内部でL字に曲がって支持します。
彫刻など「遺品」が欲しい方は、今しかありません。重機が入ったらたとえオーナーでも立ち入り禁止となります。
最後まで、撮影禁止を貫いたM不動産、情けないですね。今週は全部開放し、撮影会や部品取り会など、粋な計らいがほしかったです。
みなさん、たくさんのコメント、記事等のご案内、ありがとうございます。
>pvkvさん、日経新聞の記事、拝読しました。
テナントの方の「歴史のあるビルは取引先との商談を円滑にする一助になる」というコメントも、大変興味深いですね。丸の内の明治生命館もリニューアルされて、賃貸オフィスとして利用されていますが、弁護士や会計士等からの需要が多いと聞いたことがあります。
>kuroさん
ご案内のあった「電設技術」の記事、捜してみます。発行所はオーム社ではなく「社団法人 日本電設工業会」のようです。以下のページに掲載誌の目次がありましたので、ご案内しておきます。
http://www.jeca.or.jp/books...
>杣辺 温さん
はじめました。ご案内の記事、拝読しました。
自動化さてないが故のオペレーターの方の配慮、とても粋ですね。興味深く読ませて頂きました。
これからもよろしくお願いします。
>パンダさん、みんくるさん、MZ-80B2さん
足場はかかっていますが、解体に使われる防音パネルは設けられていないようです。いまのところ、外壁調査のためとなっていますので、今後の動向を見守りたいと思います。
今日の建設通信新聞に鹿島建設が準備作業に入った、と記事が出ていましたね。
(引用)
「三信ビルを保存したり、一部を活用した上で、両ビル敷地を
一体開発するよう求める声もある。」
(引用終わり)
と書いてありました。このプロジェクトのことですね。
まだ「次の計画は発表の段階にない」んでしょうか・・・。
むうさん、情報ありがとうございます。
建設通信新聞の記事、拝読しました。次の計画は発表されていませんね。記事によると、日比谷三井ビルに入ってる三井住友銀行は2010年に移転のようですから、次の計画はまだ固まっていないのかもしれません。
はじめまして。今日、たまたま日比谷に行ったのでビルを訪れニューワールドサービスがあさってまでと知りました。吹き抜けを眺めているとカメラ片手のご老人が話しかけてくれました。
「六歳の頃からこのビルを遊び場にしていてね。1階店舗上の壁にはめ込まれた正方形の緑ガラスはイタリアからきたもの。華やかだった竣工式、当初床は小さいレンガが敷きつめられていたが戦後、進駐軍がブーツで歩くもんだからボロボロになって張り替えた。フロアの両端には大きな壁掛けスピーカーがあった」と。
私も昭和43年に同潤会青山アパートで生まれ、育ったのでまた素晴らしい建物がなくなってしまうのかと、単純に寂しい気持ちで最後のコーヒーをNWSで飲みました。
MZ8082さま
お友達のプロの方の解説通りです。窓の開いている増築側へ回ると解体中のビル特有のカビくさい?においが漏れていました。
解体屋さんの若者が足場を軽々と移動しながら足場の組み立てをやっていました。
まあ早い話、面倒なことがあると改築に支障すると言うことで、早々に始まったアスベストの調査は「解体を前に記録をを作成」、防音と瓦礫飛散防止用の養生は「外壁調査」と言う表現になっていたのでしょう。「外壁調査」の割には既に作業領域に複数のガードマンが配置されていました。
今は建物を解体して出た廃材もリサイクルしなければならないので以前よりは作業に時間は掛かるし、1Fの地下鉄出入り口の閉鎖予定が今年の12月末になっていることを考えると全体のスケジュールは遅れ気味、というのが所有者の認識ではないかと。
既に躯体解体に備えた足場を組み始めたと言うことは、分別に時間のかかる内装解体がかなり前から行われていたと言うことになります。去年の夏以降西半分が封鎖された時から始まったと見るのが妥当でしょう。あのビルの周り、日中は歩行者が多いし、解体反対運動に対する兼ね合いもありますから、おおっぴらにはやりにくかったでしょうし。
足場の構築ペースから見て、既に内装が残っているのは、今立ち入れる東側半分のアーケードのみではないかと思います。そうでなければ、B1の地下鉄連絡通路をあんなに早く封鎖する必要もなかった(むしろ、このビルに用がなくても、地下鉄利用者にとって不便極まりないので。日本橋丸善改築の時は、地下鉄で入り口の閉鎖は工事開始のときでしたから)はずですね。
残された部分の内装解体は側面に穴を開けて重機を入れれば割合すぐに出来そうなくらいの面積ですし、並行して防護パネルの組み立てを行えば4月中に躯体の重機による解体に着手できそうな感じです。
いかに「保存運動」をスマートにかわして改築を進めていくかということにかなり知恵を使ったな、と言うことが読み取れます。
みんくる様の仰る通りです。同僚が、昨年深夜トラックが横付けし廃材を運び出していたのを目撃したそうです。その際も、尋常ではない警備だったそうで慎重さが伺えます。
お隣の東宝ツインタワービルに上がって、増築側を覗くと一目瞭然です。内部は、コンクリ剥ぎだしだと思います。
NWS閉店直後、全面閉鎖され残りの部分も囲われて、4月より本格的な解体に入るものと見られます。夏頃には更地になるのではないでしょうか。
保存に関しては、時期が悪かったことが否めません。好景気と都心回帰が相まって、六本木ヒルズや東京ミッドタウンに代表されるように、官民挙げて再開発押せ押せムードです。東京を、超高層ビルで埋め尽くしたいという、知事やデベロッパーの野望とカネがある限り、この流れに歯止めはかからないですし、むしろどんどん暴走していくのではと、心配しています。日比谷公園も、ビル用地になるかも知れません。かつての昭和30年代、オリンピックの時が再現されています。また、オリンピックですからね。
三井さんは、三井本館を保存したことで、企業責任は回避されています。
また、当ビルの知名度が低かったことも、今回の活動を失敗に終わらせた一因であると思います。私の周りでも、近くにありながら全く知らない人が圧倒的で、ましてや中に入った人は皆無でした。
残念ですが、これが現実というものです。
>日比谷シティーのリーマンさま
なるほど、やはり要領よく手回しがされていたわけですね。
明日で全テナントが撤収ということですから、明日以降フェンスに「解体工事のお知らせ」をはじめとする規定の表示が掲出される可能性が高いですね。取りあえず三井ビルの工事までまだ間がありそうなので、「建築計画のお知らせ」は出そうにないですが、当面跡地は駐車場か何かにするんでしょうか?コインパーキングにしてもそこそこの台数は置けそうな感じです。
しかし、三井ビルと一体の再開発の割に三信ビルの解体をこれだけ急いでいると言うことは、やはり老朽化から来る致命的な安全上の問題があるのかもしれませんね。企業秘密なんでしょうけれど・・・。
おはようございます
いよいよ 小生が27歳から40代初め迄過ごしたビルが 終焉ですねぇ 誠に残念至極ですが 止む無しです。
雨上がりを待ち お別れして来ます。
雨降りですが 極上の英国メイドを履いて参りました お別れの為に先日購入した一足です。
靴好き拝
こんばんは
午後1時過ぎに入り口から奥を覗いたら長蛇の列でした
惜しむ方々の最後の晩餐でしょうかぁ?
有楽町駅 銀座口の靴磨き氏も大変に残念がって居られました
嗚呼。
みんくるさんのコメント:
しかし、三井ビルと一体の再開発の割に三信ビルの解体をこれだけ急いでいると言うことは、やはり老朽化から来る致命的な安全上の問題があるのかもしれませんね。企業秘密なんでしょうけれど・・>>>
シャンテ広場ゴジラ前とファーストキッチンの間から日比谷公園に向かいながら三信ビルを眺めれば一目瞭然さ
ご無沙汰していました。
やはりショックですね・・・
こうした喪失感は私の中から更に若さを失わせて行くような気がします。
ニューワールド、ついに終わりましたね。今年2月以前より行っていない方は、日比谷近辺には近づかないでくださいね。ショックを受けます。あまりにも哀れで、後追い自○なんてことにもなりかねません。昨日、皆おとなしかったのが何よりでした。抗議の座り込みやシュプレヒコールが無かったのが幸いでした。
この建築が守られなかった最大の要因は、再開発至上主義もありますが、私は昭和30年の増築にあると見ています。この安普請増築により、設計当初の強度に不安が出たことと、歴史的建造物としての価値が下がったことです。吹き抜け構造で、増築により上部のバランスが崩れていては、地震が起きれば甚大な被害が予想されます。折しも、北陸で地震が続いていますし。
地震で倒壊し犠牲者でも出れば、「人殺しビル」の汚名を着せられ、幸い犠牲が出なくても、崩れ落ちた無惨な姿を晒すことになるでしょう。皆さんもそんな、トラウマになるような惨憺たる光景を目の当たりにするより、防護壁に囲われ、、気がついたら更地になっていたほうが、精神的ダメージも少ないですよね。
なるほど。
確かにあの増築部分は急ごしらえの感がぬぐえませんから、全体の強度にも影響しているかも知れませんね。1955年と言う時代を考えれば、戦災の復旧が済んで高度成長が始まろうと言う時代、地震対策と言う概念もなくひたすら経済発展へ向かおうと言う時代でした。
もしこの建物を保存するということになれば、形態的な問題も含めてこの部分の復元は避けて通れないでしょうから、莫大な費用が掛かるのは明らかですね。通常の耐震補強を含めたらすごいことになりそうです。
三井不動産は博物館を運営する会社ではなく不動産会社ですから、こんなことまでやっていたら商売にならないのは当然ですね。
さて、これから解体作業の予定などが掲出されると思いますが、そこでアスベストの有無の調査がいつ行われたか、などが示されるはずです。つまり、解体を前にした記録が何だったのかが分かるということです。古い建物だから石綿は殆どないはずだとおっしゃっていた方もありましたが、先日解体された丸ノ内八重洲ビルでさえ石綿は「有」になっていて、作業場の注意事項として石綿飛散の防止に努める旨の項目が書かれていました。三信ビルも戦後空調が設置された際に石綿は使用されていると思われます。他のビルの解体事例を見ると、この調査にはある程度時間が掛かっていますから、今の時点で躯体の解体準備にかかれるということは、かなり前に調査が終わっていることを表わします。
また、いずれ掲出される工程表で、防護壁の設置が終わり次第躯体の解体が始まるようであれば、あれだけのスペースがあって時間のかかる内装解体は既に殆ど終了していたと言うことになるわけで、今回の保存プロジェクトは残念ながら既に解体が始まっているビルを相手にしていたと言うことになります。
まあ、不動産会社ですからこうした波風立ちそうな事柄への対応は上手なわけですが、何としても解体したい理由を探りだせなかったのは残念だったと思います。保存運動は他にもあったようですが、どれも土俵に乗る前にあっさりとかわされたような感じで終わったように思えます。
>みんくる様
>保存運動は他にもあったようですが、どれも土俵に乗る前にあっさりとかわされたような感じで終わったように思えます。
とは、こちらこのとでしょうか?
http://home.n03.itscom.net/...
内容から今日、神田で集会するそうですね。議題に「今後の保存活動について」とありますが、みんくる様の仰る通りすでに解体中のビルに対する保存とは…このプロジェクト同様、こちらのグループも無駄な労力を神田で費やすんですね。おそらく、まだ健在だと信じているのでしょう。神田に近いどなたか、行って彼らに事実を伝えてくだされば…
この建築に限りませんが、レトロとか保存とか言っている人たちは、外部の人々であって、所有者は高い固定資産税を払わされた挙げ句、保存だの修復だの余計な金がかかってはたまったものではありません。中で働くワーカーさんたちも、単なる「ボロビル」であります。極論してしまえば、クラシックカーを走らせる個人的な趣味世界を、不動産会社に押しつけているようなものです。
皆さん、ご自分のお家に例えてください。老朽化激しく、雨漏りすきま風などに悩まされ、やっとの思いでハウスメーカーと契約、さあ念願の建て替えとまで進んで、突然お散歩している方々から「あなた家ののそのレトロ感、古ぼけた風情が好きだから、建て替えないでそのままの姿で残して!」なんて言われたらどうします?
MZ-80B2さま
その通りだと思います。
私はささやかな商売をやっていますが、以前借りていた築40年位のビルの時は結構苦労しました。特に設備的な部分ですね。例えば空調など個別制御が出来ない上に旧式ですから電気をものすごく食います。電気代をドブに捨てているようなものです。ダクトからは長年たまったホコリなどが出てきたりして労働環境としても決して良いとはいえません。後で解体したらダクトの中からネズミの死骸なども出てきたそうです。
改造するにしてもお金が掛かりますから、結局はそのまま使うことになります。今使っているビルは前の所よりスペースがあるのですが、電気代が1/3くらいになったのには驚きました。すぐ近くですし、家賃もいくらか下がったのですが、これは大きいですね。もちろん明るいし使い勝手も数段よくなっています。電気代は固定経費ですし、電気をたくさん使えば売り上げが伸びると言うものでもありません。どんな商売でもこういう無駄な経費は極力抑えたいものです。ITなどなかった時代の建築ですから、オフィスとしての使い勝手も決してよくはないはずです。
貸し手の立場から見ても維持費は掛かるし、古いだけにテナントからの家賃もなかなかいただきにくい、ということになるでしょう。
三信ビルは貸しビルですから、そういう意味ではとうに使命を終えていたはずですが、たまたまこの長い不況で生き延びていた、しかし姉歯事件をきっかけに建築物の強度がクローズアップされて、三井不動産としても社会的な責任を考えれば再開発プランがまとまる前でも早期に解体せざるを得ないと言う結論になったのでしょう。
どうも感情論中心、あるいは大学の授業の「都市計画論」的な机上の論理だけで語られている保存運動が多いように感じます。毎日のビジネスはそんなことより、無駄になる時間や経費の問題の方がよっぽど切迫したことなのです。
解体が発表された後、オフィスフロアのテナントで「解体反対」を唱えて居座ったところなど一軒もなく、みんなさっさと1年以上前までには出て行ってしまっていることがそれを物語っています。
ちょっと失礼いたします。
先日、署名用紙の下に書いてある、神保町の西田書店さんの住所に手紙を送ったのですが、保存プロジェクトのメンバーのどなたか、ご覧いただけましたでしょうか?
上記の数名の方の証言の通り、昨年8月より解体が進行中であるビルなのに、定期的に閉鎖区間の確認を怠り、にも関わらずそれの保存を求めて、今日なお署名を継続していることは、ビルの健在を信じて貴重な個人情報を出してまで協力しようとする民の純真な心を踏み滲む行為であり、看過できません。
qaz氏takane氏お考えを聞きたい。そして、この詐欺的行為に何らかの責任を取っていただきたいです。
no nameさんのご意見、ごもっともですね。
個人情報の収集に関してはやはり慎重な上にも慎重さが求められます。そうでなければ駅前などでやっている怪しげな署名や募金と変わらなくなってしまいます。
仕事の順路で私はここを良く通るのですが、1Fの西半分と地下鉄への通路が閉鎖された時点で素人目にも明らかに解体が始まったと思いました。窓が開放されていれば内装解体が始まった証拠、と言う書き込みがありましたが、何かと反対運動もあるのであえて日中は窓を閉めた状態にしてあったと思いますが、いつの間にかテナントが撤収した時に残されていたブラインドなどは全部きれいに撤去されていましたね。
見た目的には確かに面白い建物なので、通るたびにどうするのかな?と観察はしていましたが、昨年夏の時点で、遅くとも2007年上半期までには完全撤去だな、と言う感じになっていたと思います。
運動自体は悪いと思いませんが、三井さんも商売ですから「嘘も方便」と言うことは当然あります。ビジネスが時間との戦いであることは間違いないですし、建物の改築と言うのは元々時間のかかるものですから、想定外の事案で進行が遅れるようであれば損失も莫大なものになるでしょう。
「全テナントが退去後に解体」という言葉を真に受けての活動だったと思いますが、全テナントが退去する前に内装の解体がほぼ終了して、おまけにまだ営業している段階で躯体解体用の足場まで組み始めたと言う事実をどう捉えますか?
反対運動ですから、三井さんが本当の話をしてくれないのは当たり前です。業務に支障しますから。
それに対して、毎日ビルの様子を観察して「おかしいな?」と思った時に三井さんに対して「まさか、もう内装の解体に着手ているんではないでしょうね?」と言うくらいの追求をしながら進めるのが反対運動だと思います。三井さんが「秘密裏」に進めている事実を発見し、賛同者に公表するなどして署名鳴りを求めるのが本来の姿ではないでしょうか。
あっさり、やんわりかわされて終わったのは、この運動がそういった基本的なノウハウを持ち合わせていないことを三井さんに見抜かれていただけに他なりません。
これはけっして三井さんに対する運動だけでなく、例えば東京都に対してこのビルの文化財としての価値を訴えて保存への支援を要請する行動を起こす場合にも全く同じことが言えます。いかに他の人に納得してもらえるアピールが出来るか、ということなのです。
三井さんは商売をしたいわけですから、その逆のことをしようとすれば東京都なり千代田区なりの支援してくれると思われる団体を動かさなければならないわけです。
「再開発案」が示されましたが、三井さんにしてみれば単なる建て替えではなく、場所柄グループ全体の事業の中で相当重要な位置を占めるプロジェクトだと思います。所詮素人の持ってきた案など意に介さずでも、それは不思議なことではありません。この場合、むしろ街づくり全体を統括する東京都なり千代田区なりに対して強力な運動をするのがスジだったのではないかと思います。
明日はまた仕事でここを通りますが、既に躯体の解体へ進んでいますから、次はこの商業地とビジネス街と公園が接する微妙な立地をどんな風に再開発するのか、に関心が移って行きます。
8月以降、このビルを訪ねていらした皆さんに、美しいエレベータホールや、地下街の意匠、2階の、よく手入れされてピカピカに光る床や木製の手すり、日比谷公園へ抜ける出口までずっと続いていた見事な吹き抜けなどを見ていただくことができなくなり、本当に残念です。
先日、永田町方面から日比谷交差点に向かって歩きながら、改めて思いました。
戦争が終わった時も、議事堂やお堀、第一生命本館などと共に、三信ビルは焼けずに残り、この眺めは基本的にずっと変わらなかったのだと。
今、戦争より悪い事態がこのビルに起こりつつあるようです。
日本も十分成熟した社会になったと、まだ言えないのでしょうか。
個人的な好みに過ぎないかもしれませんが、次々に「新しくてきれい」なものばかり追わなくても、もうよいのではないでしょうか。
時を経て、小柄ながら味わいのある端正なビルを眺め、ニューワールドサービスを訪れる日々です。
三信ビル唯一のテナントとなってしまったこのお店はいま、日本一贅沢な喫茶店ではないかと思います。
ビルの中に、お店からピアノの音色が流れてきます。
ほっとするひとときです。
できるだけ長い間、三信ビルに存在し続けてほしいと願い、微力ながら、署名をお送りします。