三信ビル保存プロジェクトについて

1:三信ビルとは

もしあなたが東京の近くに住んでいたら、
あるいは東京に出張に来ることがあったら、
あるいは就職活動に来ることがあったら、
あるいは家族や友達と遊びに来ることがあったら。
都心への用事のついでに、[MAP:google]
日比谷通りを丸の内から日比谷に向かって歩いてみてください。
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ちょうど日比谷公園の緑がよく見えるようになる、晴海通りと日比谷通りの交差点を過ぎたあたり、そこに周囲のオフィスビルとは雰囲気が違う建物が見えます。古びていますが、よく見ると凝ったデザインの窓があったりして思わず中に入ってみたくなるような建物です。
これが三信ビルディング、この国がまだ戦争を始める前の昭和5(1930)年に建てられたオフィスビルです。

2:建物を残すということ

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今、この建物が解体されようとしています。竣工から70年以上経ってしまった今となっては、オフィスビルとして使うにはだんだん不便になってしまったようです。
そこで私たち、三信ビル保存プロジェクトチームは考えました。
「うまくこの建物をオフィスビル以外の用途で使って、もうすこし風景から消えてしまう時間を延ばすことはできないだろうか」
と。なぜなら建物は、便利さや新しさといった側面だけが役割ではないからです。知らず知らずのうちに「風景」として多くの人に共有されています。特に三信ビルのように、戦前から建っているビルが消えてしまったらどれだけそこの風景が変わってしまうことでしょう。これまでずっと続いてきた風景が、瞬時に消えてそのあとには便利なオフィスビルが建つ、それではちょっと寂しくはないでしょうか?

3:私たちの提案

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歴史的建築物を壁面保存した事例
(東京 大手町)

東京では、これまでにずいぶんとたくさんの建物が解体されてきました。そのたびに、いろいろな形で保存することを考えたケースもあるのですが、残念なことに、その多くが外壁だけを部分的に残したり、レプリカをつくったりするもので、本来その建物が持っていた雰囲気も一緒に残されることはありませんでした。
建物が、時代の要請に応じて姿を変えていくことは当然です。標本を作るように保存してしまっては、それまで多くの時間を過ごしてきた建物とは別物になってしまうでしょう。
ここで、私たちは、三信ビルはできるだけ今の姿を残し、その代わりに、現代のニーズに応えられる超高層の建物を隣接して建てる案を考えました。
一番望ましいことは、今のままに三信ビルを残してもらうことかもしれません。しかしそれでは三信ビルの所有者にかかる負担が大きすぎます。超高層の建物を建てることには異論も確かにあるでしょう。しかし、残念なことに、経済活動が優先される現代の東京で、近代の建築を利用しながら保存していく方法は限られているのです。

4:まずは提案を見てみてください

このホームページには、私たちの提案を掲載しています。もし、ここまで読んで関心を持って下さったなら、私たちの提案にも目を通してみてください。 この提案は保存のための一例でしかありませんが、その可能性があることを示しています。
しかし、三信ビルを残すために一番必要なものは、皆さんの三信ビルに寄せる思いです。もし、三信ビルが残ればいいなあと思われたなら、私たちと一緒にその意思表示をしてみませんか?皆さんのご参加をお待ちしています。
有楽町日比谷地区のまちづくりと三信ビル保存に関する提案