近三ビル(旧森五商店東京支店)

近三ビル天井モザイク

【DATA】

  • 所在地:東京都中央区日本橋室町
  • 設計:村野建築事務所
  • 施工:竹中工務店
  • 竣工:1931年(昭和6年)
    1956年(昭和31年)増築
    1993年(平成5年)改修

 渡辺節のもとで長いことチーフアーキテクトを勤めた村野藤吾のデビュー作。角に丸みを取った褐色のタイル張りのヴォリュームに、開口部をリズミカルに割り付けたオランダ・アムステルダム派の影響が感じられる外観。
 窓は見込みを深くとり陰影が強く出るのが当然とされていた当時、この見込みが浅く縁取りの薄い窓は画期的で、竣工当時は相当モダンな印象を与えたことが想像されます。

近三ビル外観

近三ビル エントランスホール

 新しい試みは窓のデザインだけにとどまらず、1階の石張りの壁面とタイル張りの壁面との取り合い、当時照明が仕込まれ大きなパラペット(現在は仕込まれてないようです)など、渡辺事務所で手掛けていた様式建築では試みられることのなかった、実験的な試みが随所に表れます。
 エントランスホール天井のモザイク画(12)は、その後の村野作品でたびたび見られる表現ですが、シンプルで抑えた外観の表現と対照的にとても華やかさを与えています。また階段室手すりに見られる、幾何学的な中にもどこか温かみのあるデザイン等、デビュー作でありながら村野建築のエッセンスが随所に表れています。
 この建物、1990年に東京都の歴史的建造物に指定され、1991年から1993年にかけて改修工事が実施されています。改修に当たっては、村野藤吾の原設計をできるだけ尊重し、そのデザインの要になる部分の改修は慎重に配慮されたとのこと。
 1985年にタイルが剥落した際、取り壊して建替えと言う選択肢もあった中、オーナーが原設計を尊重した改修という決断を下したと伝え聞きます。こうして今も利用され残っているのは、オーナーの強い思い入れ、それに答えた設計者と施工者の手腕があったからこそ実現されたもので、今となってはほとんど見られない近代建築保存の優れた事例と言えるでしょう。